2012年7月10日火曜日

リリィの旅立ち




2012年7月7日 七夕 午後9時頃
リリィは天国へと、静かに旅立ちました。
1999年3月4日生まれ  享年13才4ヶ月

リリィは私と夫の縁結び犬でした。
リリィは数えきれない沢山のもの、沢山の学びをくれた子でした。

リリィ、今までよく頑張って生きてくれて、本当に本当にありがとうね。
私達の子になってくれて、ありがとう。
リリィと一緒に暮らせて、本当に本当に幸せだったよ。
どんなにお礼を言っても、足りないよ。
可愛いリーちゃん。ずっとずっと、大好きだよ。

リリィは私と夫と3人で一緒にお散歩するのが大好きで、いつもいつも笑顔の絶えない子でした。
今まで何度も何度も、身を呈して私の鏡になってくれたり、生死を彷徨うような出来事を経験したり、大病したり…
その度に死の淵から奇跡の復活を遂げ、私達を喜ばせ、いつもいつも側で笑ってくれる心の優しい子でした。

リリィの出生は1999年3月4日、今年の七夕から遡って13年と4ヶ月と3日前。
リリィ生後4ヶ月、13年前の七夕の日は、夫と私の交際記念日です。
交際のきっかけとなったのが、当時の私にとって何より大切な存在だったリリィが、
友人の夫に懐き、「大好き!」と言って、夫もリリィを大好きで、よく会うようになったからでした。
2年後。2人が結婚を決めたのも、リリィに今より良い住居環境をと、結婚してペット共生型マンションに一緒に住みたい、というのがきっかけでした。
ささやかな結婚式やパーティでは、リリィも一緒に夫と誓いを交わしました。

1才を過ぎた頃、原因不明(おそらく散歩の拾い食いでの農薬か毒が原因)の嘔吐と血便で、生死を彷徨い、何とか回復しました。

2才で結婚後、3才頃から原因不明の下痢が続き、1年以上フードジプシーになり、それまでフードは完璧だと信じていたに私に対して疑問を抱き始めるきっかけをくれました。

4才の頃、子猫のギズモやノアを受け入れてくれ、多頭生活が始まり、ノアの酷い皮膚炎が決定的で手作り自然食研究を本格的に始め、リリィもそれまでの下痢や慢性外耳炎がピタッと治り、若返り始めました。
26才の私達にとってかなり頑張って新築の家を建て、ノアを迎え、暮らし始めた頃でした。

人が大好きで甘えん坊、犬には勝ち気でボス気取り。手作りごはんにしてからリリィは健康そのものでした。
ベッドで日向ぼっこして洗い立てのファブリックに寝そべるのが大好き、何でも食べるのが大好き、スリッパをボロボロにするの大好きでした。
その後メルテを迎え、大型犬3頭になり、リリノアメルテの為に200坪のガーデンをかなり頑張って購入し、フェンスで囲いました。
リリノアメルテは芝生とハーブのガーデンで自由に遊ぶのが大好きで、リリィはゴロゴロするのがとても気持ち良さそうで満足げでした。

今から5年前の初春、リリィがてんかん様発作を起こしました。てんかん発作を経験するのは初めてでびっくりし、この時も、死んでしまうのではないかととても不安でした。その後1年の間に6回発作を起こしました。
でも、薬は与えませんでした。
リリィの原因が、私の心の鏡になっていると解り、私が大丈夫にならないとと気付き教えられました。
当時の私は、すれ違いも喧嘩も多く、過去のトラウマを思い出すこともあり、とても精神的に辛かった時期でした。
ある時、ふとリリィの顔を見て、リリィの心配と訴えの気持ちに気付きました。
「りーちゃんごめんね!もう大丈夫、ありがとう。」と伝え、自分をしっかりさせました。
その後、リリィのてんかん発作はピタッと無くなりました。

そして2年半前、急性膵炎になりました。
急性膵炎という病気は、消化酵素を分泌する膵臓が自分自身の体内を消化し炎症を起こす、という病気です。
リリィの状態は非常に重く、命を落とす子も少なくなく、、獣医さんには、ラブの平均年齢を超えてるしお別れを覚悟して下さい、と言われました。
1週間の絶飲食に水分と栄養の点滴のみの生活が必要で「私は入院は嫌、家がいい。」と言うので、
先生に我がままを言い、毎日朝晩半日入院で点滴し、夜は家で一緒に寝て過ごしました。
その後、先生も驚く程の回復を見せてくれて、完治。
食事も普通に出来るようになり、その後の血液検査でも1年後の検査も良好。
とても元気なおばあちゃん犬で愛らしく、会う人みんなに「きれいね。可愛いね。」と言われるアイドルでした。

そして、去年の暮れに軽井沢へ移住しました。
軽井沢での冬の生活、老体のリリィはダウンジャケットを着用し、ハルニレテラスで日向ぼっこしながら通る方々に撫でてもらう休日や、大好きだった雪山への散歩、自然豊かな環境、昼は鳥達のさえずりを聞きながら光多い窓辺でお昼寝、夜はぬくぬく薪ストーブでねんね、自宅兼ねたサロンの為、私がいつも一緒に居られて、千葉にいた頃より更に若返った様子でとても穏やかで幸せな毎日でした。

今年3月、朝起きるとリリィの様子に異変がありました。
突然の斜頸に旋回、目が横に眼振して、真っ直ぐに歩けなくなってしまいました。
驚いて、すぐに東京の鍼灸治療院へ予約をし、診療を受け、驚く事にその日に嘘のような回復をしてくれました。
人でいう脳梗塞のようなもののようでした。
回復後、また元気にいつも通りの穏やかな生活を過ごしていました。

2週間前、リリィの大好きな母が来ました。リリィは大喜びでちぎれんばかりの尻尾でお出迎え!
リリノアメルテ、母と夫と私、みんなで一緒にお散歩に行き、はしゃいでいました。
ところが母が帰る前日、リリィは蜂に刺されたようでアナフィラキシーショックの手前、顔中腫れ上がり、足裏までしびれた状態で、緊急で獣医さんにかかる。という事件がありました。
リリィは4才の頃、7種混合ワクチンでもアナフィラキシーショックを起こしたことがあり、顔中ブルドッグのように腫れたのを見て、すぐ分かりましたし、ステロイド注射が必要なことも承知していました。
獣医さんのおかげで、翌日には回復し、顔の腫れも殆ど引いて、元気も食欲もあり、安堵しました。

7月4日水曜日。友人と近くの温泉に行く途中、山道の入り口辺りで子猫を保護しました。
車の前に飛び出て来たと思ったら山の草むらへ折り返し、停車し近寄ると逃げずに「助けて!」と訴えてきました。
その子猫1匹だけ、辺りを探しても母猫も兄弟姉妹猫もいません。まったくの独りです。
そのまま放っておいていくことは=死となることは目に見えており、保護し、動物病院に駆け込みました。
そのような子を見たら保護するしかないので、これ以上出会いませんようにとお願いしていたのに~!と思う反面、
この子はうちにやって来た、と感じ、何となく里親募集する気にはなれませんでした。
夫も賛成で、即決で8番目の我が子になりました。
この子が、リリィが送ってくれた、最後のギフトでした。

7月5日木曜日朝。子猫が来た翌日、リリィのオーラがグレーに見えていました。でもリリィの様子は元気です。
私は、「まだ早い。リリィは16才まで頑張るんだもんね!」と否定しつつも、心の声は違い、気のせいだと紛らわせました。
よく”新たな命を迎えると、別れが来る”と言います。
しかし、その必要がある場所には皆の計らいで、”別れが来るから、新たな命が送られる”のだと、後で分かりました。

7月6日の金曜日。
夜から姪が遊びに来て、リリィは大好きな姪の訪問に大喜びでお出迎え、撫でられとても満足していました。

7月7日、七夕。
姪が帰る日。朝はリリノアメルテ、姪と夫と私で一緒に散歩に行きました。
リリィはとても嬉しそうに、いつもより元気にスキップしていました。
朝ごはんも催促吠えで元気にたいらげ、その後はいつものお昼寝。
いつもと何も変わらぬ、穏やかな日常でした。
この日は午前11時から午後4時まで、5時間外出していました。
姪と夫と3人で帰って来ると、リビングでリリィが、ハーハーと息荒く、やっとフセをしているような体勢でいました。
側には少し嘔吐の後があり、起き上がれない状態で、立たしてやると、やっとのことで立っていることを維持出来る、といった状態でした。
リリィが倒れているのを見た瞬間、心の声が、お別れがきたことを告げ、私の脳はそれをひたすら否定していました。

すぐ病院へ連れて行き、触診とレントゲンと血液検査をしました。
少しの脱水が認められるものの、全てに異常はありませんでした。
上半身は動かすことができ半身不随のような状態に、脳神経系の病気を疑うものの、眼振はありません。
脳の病だとしても、人のような脳神経系の精密検査は出来ませんし、医学も進んでいません。
この日は蒸していたので、熱中症も疑われましたが、熱もそこまで高くはありません。
一先ず、点滴で水分補給をして下さり、明日も変わらぬ状況なら、また点滴をした方が良いとのことで帰ってきました。
病院に行こうと言った時、リリィは「入院は嫌、させないで。」と言いました。
看取るなら家で。。どのような状況でも、入院させるつもりはありませんでした。
先生も、今のところ悪いところが見当たらないので、老衰かもしれない。
連れて帰った方がよいだろうとおっしゃって下さいました。
寝たきり生活のアドバイスを受け、半身不随になっても、生きて側に居てくれるだけでいい。リリィ、まだ早いよ。
と思いながら、帰宅しました。
帰宅後も変わらず、いつものベッドに横にし、ハーハーと息は苦しそうで、時折起き上がりフセの体勢を取ろうとしますが力及ばず、パタンと横になることを繰り返し、起き上がるのを手伝って身体を撫でてを繰り返しました。
夫が軽井沢駅まで姪を送りに出ました。
その間、リリィと二人きり。
リリィに、
「頑張ろうね、まだ目標の16才じゃないよ。これから色々行きたいところや一緒にしたいことあるんだよ。」
と言います。
ハーハーと苦しそうな息のリリィが、話しかけてきました。
「もう、そろそろいいよね?身体がいう事を聞かないの。」
それまで心の声を否定していたのに、その言葉に、わーっ!と涙が込み上げ、止まりません。
でも、現実を受け入れ、お別れの挨拶と感謝や、色々伝えなくてはと、リリィに添い寝し抱きつき、
「りーちゃん、大好きだよ。ずっとずっと大好きだよ。今までありがとう。頑張ってくれてありがとう。一緒にいれて幸せだったよ。」
と、泣きながら伝えます。
最後の挨拶を伝えてしまうと、更に悲しくなり、またリリィに顔を付け、号泣してしまいます。
すると、身体から抜けるだけで魂は存在すること、分かっているでしょ?と言わんばかりに、
「泣かないで。笑って。私も大好き、幸せだよ。」
「いつまでも2人仲良く、結んだ縁を大切にしてね。」
と言い、今までのリリィから見ていた思い出の映像を、走馬灯のように沢山送ってきます。

妹やいつも導いてくれている神様達に、
「どうかリリィが苦しまず逝けますように。どうか迎えに来て、手伝ってあげて下さい。リリィのこと、よろしくね。」
と祈ります。
リリィは私の双子の魂である妹が、昔から大好きだったのです。
するとメルテが急に家中を回り、妹がリリィのお迎えに来た事を察知し、妹が来た時の反応をしました。
妹が、北の裏口からスーッと入ってきました。リリィも会えて安心したような、嬉しそうな様子でした。
メルテはリリィに対して甘えん坊だったので、特に心配しオロオロしています。
夫が帰ってくるのを待っているリリィを抱きながら、「リリィの大好きな妹が迎えにきたよ」と顔と顔をくっ付けて頭や身体を撫でました。
リリィが、「いつもみたいにごはんを作って。」と言うので、
私は涙を拭い、「分かったよ、りーちゃんのごはん、今作るからね。今日は牛肉と野菜のスープにするからね」
と作り始める頃に、夫が帰宅しました。
夫はリリィの深刻な状態を直視出来ず、目をそらし、明日には治ると言わんばかりにサラッとした態度でいます。
夫もリリィのお別れを察しているからこそ、必死で否定していました。

夫を呼び、リリィの最期が近いことを伝え、沢山の想いを伝え、お礼とお別れをするよう伝えました。
リリィは、大好きで大好きで仕方のない夫の帰りを頑張って待ち、腕に抱かれ、撫でてもらうのを待っていたのです。
りーちゃん、生きているうちに写真を撮ろうと言いました。
夫とリリィと私と、最後の写真撮影をしました。
リリィは目も瞳孔が開きかかってきて、息がとても早くなってきました。
その後、またスープを火にかけようとリリィの側を少し離れ、夫の腕の中にいました。
リリィと夫は特別な絆で繋がっていて、毎日夫とピッタリとくっ付いて寝ていました。
夫はリリィと2人だけの最後の会話をしました。沢山の想いと感謝を伝えたことでしょう。
夫の腕の中で、最後の最後にピタッと出来て、リリィは本当に嬉しかったのです。
夫の心の整理を付けるまで、逝かずに頑張ってくれていました。
夫が、「りーちゃん、苦しいの?」と聞くと、「苦しい。」と言うので、
「苦しいなら、もう頑張らなくていいよ。」と夫が言うと、ハーハーしていた呼吸がスーッとおさまったそうです。

夫が「りーちゃんがおかしい!りーちゃんが死んじゃった?!」と私を呼びました。
駆け寄ると、眼が回っていて、虫の息ですが、まだ息があります。
夫と私でリリィを囲み、
「りーちゃん、大好きだよ。ずっとずっと大好きだよ。頑張ってくれてありがとうね。りーちゃんといれて幸せだったよ。これからは妹といっぱい遊べるからね。また、お話しようね。」
と伝え、
「神様リリィをよろしくお願いします。どうかリリィが苦しまず、楽に身体から抜けられますように。」と祈ります。
夫も抱きかかえ、泣いています。
間もなくして、口から息を感じなくなり、スーッと身体と頭が仰け反るように伸び、眠るように、息を引き取りました。

縁結び犬のリリィは、夫との交際記念日の七夕の日。
その13年後に当たる、2012年の七夕、夜9時過ぎに逝きました。

健康状態良好で、長く酷く苦しむこともせず、沢山話し、ちゃんとお別れの時間をくれて、笑顔で眠るように逝ってくれました。
3年前に妹を失った私達が耐えられるような、今までやってきたことや、自分達を責めないようなお別れをしてくれました。
りーちゃん。こんな良い子はいないよ。もっと迷惑かけていいのに。最後まで良い子過ぎるよ。

亡くなった夜は、リリィの大好きな場所で夫と私とリリィ、3人で川の字になり、一緒に寝ました。
翌朝、ペットの葬儀屋さんに来てもらい、自宅で火葬し、お骨を拾いました。
この年齢にしてはしっかりした骨だと言われました。

リリィは、手作り自然食の前、4才半まで。
無知な私のために並行輸入のプレミアムフードを食べたりで、毎年のワクチン、色んな病気もしてダメージを受けていたにも関わらず、健康なまま、ほぼ老衰で逝ってくれました。
13才4ヶ月という年齢は、手作り自然食を与える人達の感覚では15才以上生きる子も多く、私的には長生きと言えません。
ですが、これまでのリリィの病歴を考えると、やはり手作り自然食だったからこその奇跡の復活してくれたのだと、最後まで本当によく頑張って笑顔を絶やさず健康なまま生き抜いてくれて、手作りにしていて、本当に良かったと思います。

リリィは抜け殻を出て魂になっただけ。魂は消えていない。
分かっていても、現世での肉体のお別れは、辛い事に何も変わりありません。
だから今は、大切な大切な我が子を失い、悲しくて仕方ありません。

でも、やっぱりいるのです。
翌朝、尻尾を振って笑顔を振りまくリリィの魂がいました。
毎日のお散歩も、自由な身体でみんなで一緒に行き、楽しんでいます。
昨日の晩は、いつもの足元で寝ていて起き上がり、鼻を付けてツンツンしてくれました。
泣いてる私に尻尾を振って、くりくりおめめで「笑って。」と言ってきます。
まだいつも通り話しかけて、ごはんをあげて、おやつもあげて、散歩して、撫でています。
妹には、
「リリィは任せて、今はいいけど、あまりこのままの状態を引っ張り続けるのは良くないからね。」と言われました。

全部分かっています。
特に夫は私のように会話出来ないので、心の整理が私よりも時間がかかりそうです。
でもリリィ、あともう少しだけ。
せめて初七日を終えるまでは、リリィがまだいるように、今まで通りの生活を送らせてね。
ちゃんと時が来たら、心の整理をするからね。
神様、あともう少しだけ。このままで。
リリィ、大好きだよ。ずっとずっと、大好きだよ。ありがとうね。ありがとう。

しばらくリリィと夫と、水入らずの時間をゆっくりしようと思います。



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