2012年8月23日木曜日

ペットロス


リリィが逝って、もうすぐ49日。

もしリリィが死んだら、ペットロスになるかもしれない、と思っていました。
リリィは我が子、自分の命より大切に、色々な事を一緒に経験してきた…大きな存在でした。
でも今、心静かに、とても穏やかに毎日を過ごしています。

大切な家族、もちろん悲しくないはずありません。
リリィが旅立ってから、肉体の別れの辛さの中にいました。
泣きすぎで頭がガンガン痛んで、余計気力を失って身も心も痛く苦しい。。
ですが、初七日の頃には自分でも予想出来なかったほど心が静まっていました。
妹が他界した時のそれとは全く違う別れでした。

なぜでしょうか?
たんに愛情の深さの違い?
違います。
私は妹との死別以来、大切な者達との死別に恐れを感じるようになっていました。
死はどう頑張って受け入れようとしても、愛する者達の死、
到底喜んで受け入れられるものではないと感じていました。

でも、リリィが教えてくれたこと。
あの時のリリィは、まさに
「今日は死ぬのに良い日」
と伝えて、旅立ったのです。

「今日は死ぬのに良い日」
ネイティブアメリカンの言葉です。
~何を恐れることがあろう?我々は喜んで死を迎えよう~という意味だそうです。

私が、リリィの魂から感じたものは、この言葉でした。
「幸せの中、感謝に満ち溢れ、何も思い残すことはない」
という意識でした。
リリィの魂は、身体から抜け出る時もその後にも、全く苦しんでいませんでした。
驚くことに、むしろ幸せな光に包まれ、輝いて喜んで抜け出たという印象です。
妹の迎えにも喜び、例えるなら、「スキップでもするように」逝ったのです。
信じられない!と言いたくなるほど、私にとり意外な意識でした。
予想し恐れていたリリィとの死別とは、全く違うものでした。

冒頭述べたように、もちろん肉体の別れが辛いことに変わりはありません。
ごはんの時、お散歩の時、こうして作業をしている足元。
リリィが物体として、今ここにいない寂しさは、未だ拭えません。
あの時こうすれば良かったかもしれない…もしああしていたら…
リリィ本当に幸せだったか…もっとこうしてあげたかった…
少しの後悔、未練もない別れなど、きっとありません。
リリィは最期、寿命ではなく、急死する原因となった急病があったかも知れない。
私の食事やトータルケアをもっともっと念入りにしていればもっと長生き出来たかもしれない。。
何かにつけて、ごめんね。。

私は、辛く苦しい現状を受け入れるために、何かと自分を責める事で納得しようとする癖があります。
今までの自分なら、自分を責め立て、より深く苦しむよう考えを巡らせて自分の殻に閉じこもっていたかもしれません。

しかし、そんな癖が少しでも顔出そうものなら、リリィのそんな意識が流れ込んで来るのです。
そして温かく幸せなメッセージ(エネルギー)に触れ、リリィありがとう。
一緒に過ごせて本当に幸せだったよ、と、ただただ感謝の気持ちに溢れ、死を穏やかに受け入れられました。
だって、リリィは魂になっても、とても幸せそうな笑顔なのです。
生前のリリィの写真を見返してみても、気付いてみると軽井沢に来てからの7ヶ月が一番幸せな笑顔をしていました。
いつもどの写真も…

肉体を出ても苦しんでいる魂を見るのは、本当に本当に辛く悲しく、苦しいものです。
だから、リリィに触れられないことは寂しいけれど、死後のリリィが幸せなら、私も幸せです。

「遅かれ早かれ愛する者との別れは必ず訪れる。
でも、死は決して忌み嫌うものではない。」

と、リリィは教えてくれました。

粗悪なペットフードを食べている子、粗悪な環境の子でも、大した病気もせず長寿の子もいます。
一方、出来る限りハイクオリティな食事や愛情というケアを施された子で短命の子もいます。
よく平均寿命といいますが、私達も動物達も、生きる長さは個体それぞれ。
何を食べても、どんな病気をしても、その子が旅立つ時というのは、運命の糸が複雑に絡み合い、その時が訪れます。
今まで出会った子、多くはその子達の魂が決めているように感じます。
表には、病気や事故に見えていても、逝く時、そのタイミングというのは上の方々とその子自身が決めているように…
また、来る時、出会いもそうです。(もちろん例外もありますが)

これは魂のお話なので、この世での自分(私達や動物の自己意識)というものは、もちろんそんな自覚ありません。
また、自分がいつどうやって死ぬか知っていたら、様々な学びのチャンスを失うことにも繋がるでしょう。
そして運命の糸は、その時どれを選択するかによっても自分のありようというものが様々に変わっていくのです。

どうせ決まってるのなら何をしても、しなくても同じ。でしょうか?
いいえ、「人事を尽くして天命を待つ。」です。
人事の尽くし方はそれぞれですが、どのような選択をしても、根底に愛が溢れていれば同じこと。
その時がいつ来るかは分からないけれど、それまでベストを尽くす。お互い愛と幸せを感じながら暮らす。
お別れの時、出来るだけ後悔しないように。愛の中で、感謝を感じられるように。

私が、あなたが、してきたその行為に、正しいも間違いもありません。
これだから良い、これだから悪い、もないのです。
そして自分もいつ死んでも後悔のないよう毎日ベストを尽くす、しかないと教えられます。
(耳が痛いです、日々反省することが多い私です…)

だからこそ無垢な愛や癒しをくれる動物家族へ、食事・心と身体のケア・環境、
私達と共に出来る限りのクオリティ・オブ・ライフを捧げたい、
この素晴らしい絆という幸せを、自分の信じる分野で広げていきたいと考えます。

この世での心身の健康のため。他界した後の、魂の健康のためにも。

そこには目には見えないけれど大きなエネルギーが宿り、動物達と私達、恵みと学びの豊かな生活があるから…
深まる絆は、お互いにとっての支えとなるから…

その後どんなに辛く大きな別れとなろうとも、そこに築き上げ、与えあったもの、
支え合ったものが色褪せることはありません。
それだけ絆が深かったからこそ、失う悲しみも大きいのですよね。
そしてその別れも、深い学びとなるのです。

肝心なことは、愛情いっぱい幸せに暮らし、別れを経験し他界した、今まで出会った魂の多くが、
悲しみのあまり途方に暮れる家族を思いやり、
「大好きだよ、元気になって。」或いは「ごめんね、元気になって」
そして、「今も側にいる、元気になるまでいるから側にいるから泣かないで」
など、パートナーを思いやり、心配し、心の回復を願ってくれていることです。

その魂となった動物パートナーの幸せや前進のために、私達に出来ること。
それはパートナーとのこれまでに感謝し、前途を祝し、その子の幸せを祈り、
自分自身も前向きに、幸せになること。

愛情という絆で結ばれ旅立った動物達こそ、悲しむ私達が元気を取り戻し、
幸せになることを心から望んでくれています。

リリィは、物体としてもうここにはいません。
でも、魂となって私達家族の幸せを喜んでくれています。
私も、リリィの幸せを喜び、これからもずっとリリィの魂が幸せであるよう祈っています。


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